/伽藍の洞 (4) … 夢に墜ちて、意識を沈めた時の続きをひとり思う。 いなくなってしまった織。もうひとりの自分。 彼はなにと引き替えに消えて。 彼はなにを守るために消えたのか。 両儀式の記憶を遡って、それがわかってしまった。 おそらくは───織は自らのユメを守ったんだ。 幸福に生きるという彼のユメ。 それがあのクラスメイトだったのか。 それとも彼がなりたかった男としての人間が、あの少年だったのか。 それはもう解らないけれど。 織は、彼と式を無くさない為に消えていった。 ────私に、こんなにも深い孤独を残して。 … (5) 朝日が差し込む。 視力を取り戻した私の瞳は、その温かさで眠りから瞼を開けた。 私はベッドの上で眠っていた。昨夜のあの出来事は、あの魔術師がうまく取り繕ったに違いない。 いや、そんな事は些末だ。今はそんな事より、ただ彼の事を考えよう。 私は横になった姿勢のまま、首さえ動かさないで朝の空気を受けとめた。 光で目が覚めるのは、どのくらい久しぶりなんだろう。 淡くもつよく。ただ鮮やかな陽射しに、ココロの闇が塗りつぶされていく。 いま手に入れたこの仮初めの生と─── もう戻らない別のわたしが、溶けあって、光の中に消されていく。 両儀織の存在と。彼がユメ見ていたものが消えていく。 泣けていたのなら、私は涙を流してやりたかった。 けれど瞳は乾いている。泣くのは一度きりと決めていたし───この事柄で涙するのは間違っている。 もう戻らないものだからこそ、私は二度と悔やまない。 朝日に照らされ薄れていくこの闇のように。 ただ潔く消えていくことを、彼ならば願ったはずだから。 ◇ 「おはよう、式」 傍らで声がした。 首だけを横に動かす。 そこにいるのは、ずっと昔に見知った友人だ。 黒ぶちの眼鏡も、飾らない黒髪も、本当に変わっていない。 「僕のこと、わかる…?」 声は微かに震えていた。 …ああ、知ってた。おまえがずっと式を待って。 おまえだけがずっと、私を守っていてくれたことを。 「黒桐幹也。フランスの詩人みたいだ」 呟いた声に、彼は破顔した。 まるで一日ぶりに学校で会った時のような、在り来りの笑顔をする。 そこにどれほどの努力が隠されているのか、私にはわからない。 ただ───彼も、あの約束を覚えていたんだ。 「今日が晴れてよかった。退院にはもってこいだ」 瞳に涙をためて、できうるかぎりの自然さで彼は言う。 ガランドウの私には、それは何より温かかった。 泣き顔より笑顔である事を、この友人は選んだ。 孤立である事より孤独を認める事を、織は選んだ。 ───私は、まだどちらも選べないけれど。 「…ああ。無くならないものも、あるのか」 やわらかな陽射しと同一していきそうな彼の笑顔を、私はぼんやりと眺めた。 飽きるまで。 ──そんな事で胸の穴がふさがりはしないとわかっていても、今はそうする以外に何もしたくない。 …柔らかな彼の笑顔。 それは、私の記憶の中にあるのと同じ笑顔だった。 /伽藍の洞・了